2025年11月 OPEN
【絵本カフェ きみとぴあ】

家族の表現と1300冊の物語が集う、
世代を繋ぐ「いばしょ」

2025年11月 OPEN
【きみとぴあ】

家族の表現と1300冊の物語が集う、
世代を繋ぐ「いばしょ」

紀美野町の静かな集落、生石山の麓にたたずむ古民家の離れ。
扉を開けると、そこには1300冊もの絵本や児童文学、書籍がずらりと並ぶ、
居心地のよい空間が広がっています。

2025年11月にオープンした「絵本カフェ きみとぴあ」。
店主の髙橋生馬(たかはしいくま)さんは、平日は介護施設で調理師として働きながら、
週末はカフェを開くというパラレルキャリアを実践しています。

16歳で親元を離れて厳しい料理の世界へ飛び込み、
挫折や絶望を味わいながらも、本と物語に救われてきた髙橋さん。
さまざまな経験を経て、
紀美野町という土地が導く流れに身を任せて根を下ろしたこれまでの歩みと、
お店への深い想いをじっくりと伺いました。

紀美野町の静かな集落、
生石山の麓にたたずむ古民家の離れ。
扉を開けると、
そこには1300冊もの絵本や児童文学、
書籍がずらりと並ぶ、
居心地のよい空間が広がっています。

2025年11月にオープンした
「絵本カフェ きみとぴあ」。
店主の髙橋生馬(たかはしいくま)さんは、
平日は介護施設で調理師として働きながら、
週末はカフェを開くという
パラレルキャリアを実践しています。

16歳で親元を離れて厳しい料理の世界へ飛び込み、
挫折や絶望を味わいながらも、
本と物語に救われてきた髙橋さん。
さまざまな経験を経て、
紀美野町という土地が導く流れに身を任せて
根を下ろしたこれまでの歩みと、
お店への深い想いをじっくりと伺いました。

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【絵本カフェ きみとぴあ】
髙橋 生馬 / 店主

新潟県出身

移住歴1年半

厳しい料理の世界で走り抜けた若き日々
絶望の中で見つけた「物語」という居場所

厳しい料理の世界で
走り抜けた若き日々
絶望の中で見つけた
「物語」という居場所

─ 髙橋さん、本日はよろしくお願いします。もともとは和食の料理人として長く修業されていたと伺いました。

 

髙橋:生まれは京都なのですが、幼少期に育った新潟の気候風土が自分には合わないと感じていました。「早くここを出たい!」という焦りと反骨心から、16歳の時に家出同然で京都の祇園へ向かい、和食の世界に飛び込みました。 

 

─ 16歳から料理の世界へ!まさに青春時代を捧げたのですね。

 

髙橋:いつかお店を持つ、というありきたりな想いを胸に、ただ勉強するだけの日々でした。10年近く、ほぼ動きっぱなしです。休みどころか睡眠時間も要らなかった。がむしゃらといえば聞こえがいいですけど、ただ視野が狭かっただけですね。親方には随分かわいがってもらいましたが、これが逆によくなかった。いつからか父子みたいな関係になってしまい、それが元で祇園のお店を辞めたのです。

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その後、「東京には友達もいるし、料理の経験もある。少しゆっくり遊ぼう」という軽い気持ちで上京。しかし、中途半端なスタンスでの東京暮らしはすべてがうまくいかず、さらに間が悪いことに京都の親方がとつぜん病死、人生の道しるべのような人を失ってひどい虚無感に苛まされ、完全に心身を病んでしまいました。  

 

貯めたお金は病院代に消えました。そのうえ、「飲食業は辞めたほうがいい」とドクターストップも。「むなしい、むなしい、こんな人生はもういらない」。死の縁を覗き込むほどの絶望の中、半ば強制的に実家に戻り、療養することになったんです。 

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─ そこから、どのようにして前を向くことができたのでしょうか?

 

髙橋:もともと読書が好きだったので、療養中に書店でアルバイトを始めました。実のところ、虚無感や無常観とは小学校に上がる前からの付き合いでした。「人間はいずれ死ぬ。それなのになぜ生きるんだろう」。こういった根源的な存在懐疑には幼少期よりひどく悩まされていたのです。そのため、同じような苦悩をもった作家たちの本を好んで読み、自分なりの死生観を見出そうとしていたように思います。

今思うと、苦しい時期に私を繋ぎ止めてくれたのは物語だったんです。現実の世界がどんなに荒れていて居場所がなくても、本を開けば、そこにはいつでも入り込める「概念としての居場所」がある。物語という安らぎの場所があったから、私は少しずつ再生できたんだと思います。

家族の想いが集結した「アンソロジー」
昔話の知恵を次世代へ手渡す場所

家族の想いが集結した
「アンソロジー」
昔話の知恵を次世代へ手渡す場所

─ そうしたご経験が、この「絵本カフェきみとぴあ」の理念に繋がっているのですね。店名の由来は何ですか?

 

髙橋:トマス・モアの古典『ユートピア』から取っています。ユートピアは「どこにもない場所」であり「現実には決して存在しない理想的な社会」です。現実を生きる中で、ここが誰かにとっての安らぎの場所であり、止まり木になればという願いを込めました。

 
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大人向けの書籍や、児童文学も揃えていますが、あくまでもメインは絵本。私は、絵本は夜空の星と同じだと思っているんです。渡り鳥は、幼い頃に親と一緒に飛んだ時の星座の位置を覚えていて、それを頼りにシベリアまで飛んでいくそうです。それと同じで、小さい頃に親に絵本を読んでもらった温かい記憶が心の奥底にあれば、大人になって道に迷ったり絶望したりした時に、ふと原点に立ち戻れる指針になると思うんです。

 

ですから、流行に消費される本ではなく、後世に残したい名作を中心に置いています。とくに日本の昔話や民話には、理不尽な世の中を生き抜くための先人たちの知恵が凝縮されています。今は荒れた時代ですから、なおさら昔話に込められた知恵を、次の世代に伝えていきたいと思っています。

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─ 提供されているメニューや器にも、ご家族の繋がりがあるのだとか。

 

髙橋:看板メニューの米粉マフィンには、私が育った新潟の米粉を使っています。反発して飛び出した故郷ですが、そこで培った感性は、今の自分の中に確実に生きていると感じています。

 

そして、お店で使っているお皿やカップは、陶芸家である父が焼いたものです。特に、釉薬で夜空の銀河や雪の夜を表現した「銀河天目」と「雪夜天目」は、非常に美しい器だと思います。母は、お店にいるときは、本棚の絵本の読み聞かせをしてくれます。

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実は私、小さい頃の夢が「家族でお店を営むこと」だったんです。反発して家を飛び出したのに、結果的に父の器でもてなし、母に読み聞かせをしてもらい、新潟の米粉でお菓子を焼いている。いろいろな表現が集まった「アンソロジー」のような空間になり、思いがけない形で子どもの頃の夢が叶っていますね。

オムライスのコピー
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導かれるように
たどり着いた紀美野町
手厚い伴走支援で
自然に根を下ろす

導かれるようにたどり着いた紀美野町
手厚い伴走支援で自然に根を下ろす

─ なぜ紀美野町に移住し、お店を開くことになったのでしょうか?

 

髙橋:療養中、兵庫県の丹波で陶芸をしている弟のところに転地した時期があったんです。のんびりとしたカフェレストランで働かせてもらい、昔から身を置いていた真剣な料理人の世界とは違う、緩やかで温かい飲食の形を知りました。「こんな在り方もいいな」と、ふっと力が抜けましたね。

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そんな中、父が病気を患い、「より暖かいところへ家族で移住しよう」という話が持ち上がったのです。とはいえ職業が窯を必要とする陶芸家ですから、街なかというわけにはいきません。都会の病院にアクセスがよい立地でありながら、静かで人里離れた場所。母の故郷である和歌山は、なんとなく気になる土地ではありました。

 

そんな時偶然、紀美野町役場美里支所前を通りがかり、本当に軽い気持ちでふらっと立ち寄ったんです。すると、こちらがびっくりするほど温かく親身に歓迎していただいたんですね。父はすっかり感激して「ここにしよう」と即決。希望の条件にもぴったりで、全員一致で紀美野町への移住を決めました。

 

─ 移住や店舗の立ち上げにあたって、町からのサポートはいかがでしたか?

 

髙橋:それはもう、本当に手厚くサポートしていただきました。物件については、私が地域の棚田保全やこども食堂のボランティアに参加していくうちに、地域の方々が売主さんに橋渡しをしてくださって、この素晴らしい古民家を買わせていただくことができました。

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お店の補助金申請でも、商工会や役場の方々が伴走してくださいました。私が描くお店の構想を伝えると、それを補助金申請に必要な行政用の難しい言葉に翻訳してくれたり、私がアクションを起こす前に「これはやっておいたよ」と先回りして動いてくれたりと、本当にきめ細やかなサポートがありました。大きな自治体なら「自分でやりなさい」と言われるようなことも、手取り足取りフォローしていただき、感謝してもしきれません。

 

若い頃は、自分の意志を曲げずに強引に進もうとしすぎていたのかなと思います。「自分の力だけでなんとかする」と抗うのをやめ、紀美野町という土地の大きな流れやご縁に感謝して身を任せていたら、いつの間にか導かれて自然とお店ができていた、そんな感覚です。

世代を超えて交わる居場所へ
ご縁を大切に生きるということ

世代を超えて交わる居場所へ
ご縁を大切に生きるということ

─ 現在は、平日はお仕事をされながら、週末にカフェを開かれています。日々の暮らしはいかがですか?


髙橋:肉体的にはしんどいこともありますが、精神的には本当に満ち足りています。介護施設の厨房で働きながら、お年寄りと直接お話しするのは楽しいですよ。「昔はこういう料理を作った」「和歌山の味が好き」といった生の声を聞けるのが面白くて、カフェのメニュー作りにも活きています。 

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─ お店には、どのような方がいらっしゃいますか?

 

髙橋:今はご近所の初老から高齢の方が7〜8割です。散歩の途中に立ち寄って、自慢話や昔話をなどをおしゃべりして帰っていかれる。一人暮らしの方も多いので、安らぎの場所になっていれば嬉しいですね。

 

最近は、近所の子どもたちがお財布を握りしめて1人で来てくれることも増えてきました。子ども食堂でボランティアをしているときに感じたのは「最近の親御さんは忙しいので、子どもが気を使って悩みなどを言い出せない」状況があるということです。そんな現代の子どもたちが、ここにふらっと来て絵本を読み、そこにいる地元のおじいちゃんやおばあちゃんと何気ない会話を交わして、ふっと元気になる。そんな風に、世代を超えて交流できる居場所になっていくのが理想です。

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─ 最後に、これから紀美野町に移住したい、起業したいと考えている人へメッセージをお願いします。

 

髙橋:ご縁と流れを疑わずに安心して身を任せるほうが、うまくいくのではないでしょうか。都市部のように「自分の利益を優先してガツガツ稼ぐ」という我の強いスタイルではなく、「持ちつ持たれつ」の共同体の中で生きていくというスタンスが大切だと思います。

 

先輩移住者からは「頼まれごとはよほどの理由がない限り断らない」と教わりました。お互いに助け合えるありがたさを理解し、町のルールや地域の活動にも参加しながら流れに乗っていけば、満ち足りた気持ちで生活できると思います。

 

─ とても深くて温かいお話でした。本日は本当にありがとうございました。

※記事の内容は2026年5月時点のものです

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髙橋 生馬(IKUMA TAKAHASHI) / 店主

京都生まれ新潟育ち。

16歳で京都へ移り、和食の料理人として約10年修業。その後、東京での生活や療養を経て、兵庫県丹波のカフェレストランで勤務。父の療養を機に和歌山県へ移住を検討し、紀美野町の役場で温かい歓迎を受けたことから移住を決意。平日は介護施設で調理師として働きながら、2025年11月、古民家の離れを改装した「絵本カフェきみとぴあ」をオープン。

絵本カフェ きみとぴあ

和歌山県海草郡紀美野町福井143

営業時間:10:00〜17:00(土日祝のみ営業)

公式HP

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